東京地方裁判所 昭和57年(ワ)14904号 判決 1985年10月22日
原告(反訴被告)
株式会社保井製作所
右代表者代表取締役
保井亜雄
右訴訟代理人弁護士
小川敏夫
被告(反訴原告)
中信電機株式会社
右代表者代表取締役
中山信雄
右訴訟代理人弁護士
森謙
森達
森重一
主文
一 原告(反訴被告)が、別紙供託目録記載の各供託金の還付請求権を有することを確認する。
二 被告(反訴原告)の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 本訴の請求の趣旨
1 主文第一項同旨
2 訴訟費用は、被告(反訴原告。以下単に「被告」という。)の負担とする。
二 本訴の請求の趣旨に対する答弁
1 原告(反訴被告。以下単に「原告」という。)の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
三 反訴の請求の趣旨
1 被告が、別紙供託目録記載の各供託金の還付請求権を有することを確認する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
四 反訴の請求の趣旨に対する答弁
1 主文第二項同旨
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 本訴の請求原因
1 訴外京信電機株式会社(以下「訴外会社」という。)は、訴外加賀電子株式会社(以下「加賀電子」という。)、同京浜電子工業株式会社(以下「京浜電子」という。)及び同株式会社マスターズ(以下「マスターズ」という。)に対し、いずれも昭和五七年八月一四日に至るまで、継続的にトランス等を販売し、同日現在、加賀電子に対し金二八七万四八〇〇円、京浜電子に対し金七一万一三〇〇円、マスターズに対し金一一六万六一七〇円の各売掛代金債権を有していた。
2 原告は、昭和五七年一〇月一六日、東京地方裁判所に対し、東京法務局所属公証人多田正一作成昭和五七年第二九五六号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本により、訴外会社が、加賀電子、京浜電子及びマスターズに対して有する右各売掛代金債権の差押え及び転付命令の申立てを行い、同月一九日、右各債権差押え及び転付命令を受け、右命令正本は、同月二三日までに、訴外会社並びに加賀電子、京浜電子及びマスターズに送達された。
3 しかるに、被告は、右各売掛代金債権を譲り受けた旨主張し、加賀電子、京浜電子及びマスターズは、弁済すべき債権者を確知できないとして、別紙供託目録記載のとおり各債務を供託した。
4 よつて、原告が、別紙供託目録記載の各供託金の還付請求権を有することの確認を求める。
二 本訴の請求原因に対する認否
1 本訴請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、原告が、東京地方裁判所に対し、債権差押え及び転付命令の申立てをしたことは認め、その余は不知。
3 同3の事実は認める。
三 本訴の抗弁
1 被告は、昭和五七年六月二四日、訴外会社との間で、次の契約を締結した。
(一) 訴外会社は、被告に対し、訴外会社が被告に対して現在及び将来負担する債務の支払を担保するため、訴外会社が得意先上位六三社に対し現在有し将来取得する売掛代金債権を譲渡する。
(二) 債権譲渡の通知及び譲渡債権の取立ては、次の条件が成就したときに、その当時において訴外会社が有する売掛代金債権について行う。
(1) 訴外会社振出の約束手形若しくは小切手が不渡となつたとき又はそれらが不渡となることが確実になつたとき
(2) 他の債権者らから強制処分を受けたとき
(3) 双方が同意したとき
(三) その場合のために、訴外会社は、被告に対し、債務者、譲渡債権額、日付等を空白にした訴外会社名義の債権譲渡通知書を交付し、右(二)記載の条件が成就したときは、被告が右通知書の債務者、譲渡債権額、日付等を補充して、訴外会社の名において、これを債務者に対して発送し、債権譲渡の対抗要件を具備しうることとする。
2 訴外会社は、被告に対し、前同日、右(三)の合意に基づき、債務者、譲渡債権額、日付等を空白にし、訴外会社代表取締役印の押捺のある債権譲渡通知書一八九通を交付した。
3 訴外会社は、昭和五七年八月に入り経営が悪化し、訴外会社振出の約束手形又は小切手が不渡り処分を受けることが確実となつた。
4 被告は、昭和五七年八月一四日、右2の債権譲渡通知書の白地部分を補充して請求原因1の債権を譲渡する旨の通知書を作成し、同月一八日及び一九日、加賀電子、京浜電子及びマスターズに対し、確定日付を付して発送し、右各通知書は、右三社に対し同年八月一九日ないし同月二〇日に到達した。
5 仮に、右1の契約の効力が認められないとしても、
(一) 訴外会社代表取締役吉沢勇は、昭和五七年八月一四日、訴外会社資材課長であつた谷嘉憲を通じ、被告に対して、債権譲渡をすること及び被告において債権譲渡通知書を債務者宛発送することを承諾した。
(二) 訴外会社代表取締役吉沢佐知子は、昭和五七年八月三〇日、被告に対し、被告の行つた右4の行為を追認した。
四 本訴の抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実はいずれも否認する。被告主張の債権譲渡は、譲渡される債権の内容が特定していないから無効である。
2 同2の事実は不知。
3 同3の事実は否認する。訴外会社が、昭和五七年八月末日までに決済すべき手形金債務は金一一四〇万二三五四円にすぎなかつたのに対し、訴外会社が有した売掛債権は少なくとも金六八〇〇万円あり、また訴外会社は、同月一六日、訴外会社代表取締役吉沢勇が死亡したことにより、保険会社に対して金五〇〇〇万円の生命保険金請求権を取得したのであるから、訴外会社が同年八月ころ、手形不渡りが確実であつたという事実はない。実際、訴外会社は同年八月末にも翌九月中にも不渡りを出していない。
4 同4の事実は否認する。被告がした債権譲渡の通知は、訴外会社代表取締役吉沢勇の名においてなされたが、右通知時において、右吉沢勇は既に死亡していたのであるから、右通知は有効な形式を備えておらず、無効である。
5 同5の事実はいずれも否認する。なお、訴外吉沢佐知子が、訴外会社の代表取締役に就任したのは昭和五七年九月六日である。
五 反訴の請求原因
1 本訴の請求原因1と同じ。
2 本訴の請求に対する抗弁1ないし5と同じ。
3 しかるに、原告は、加賀電子、京浜電子及びマスターズに対する債権につき債権差押・転付命令を得た結果、右各債権が自己に帰属した旨を主張し、右三社は、弁済すべき債権者を確知出来ないとして、別紙供託目録記載のとおり債務を供託した。
4 よつて、被告が、別紙供託目録記載の各供託金の還付請求権を有することの確認を求める。
六 反訴の請求原因に対する認否
1 反訴の請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実に対する認否は、本訴の抗弁1ないし5に対する認否と同じ。
3 同3の事実は認める。
第三 証拠<省略>
理由
一本訴請求について
1 本訴の請求原因1及び3の事実はいずれも当事者間に争いがない。
同2については、原告が、東京地方裁判所に対し、債権差押え及び転付命令の申立てをしたことは当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>によりこれを認めることができる。
2 そこで、本訴の抗弁につき判断する。
(一) <証拠>を総合すれば次の事実を認めることができ、この認定に反する<証拠>は前掲証拠に照らしてにわかに措信できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
(1) 被告は、電線及び電気絶縁材料等の販売加工を業とし、訴外会社は電気機械部品の製造販売を業とする会社であつたが、被告は昭和五五年九月ころ以降、訴外会社に対しウレタン電線等を継続的に販売していた。
(2) 被告は、昭和五七年二月一〇日ころ、訴外会社代表取締役であつた吉沢勇から経営状態の悪化を理由に、同月末に支払期日の到来する手形につき支払の延期の依頼を受け、これに応じることにしたが、その代り、被告の訴外会社に対する債権を保全するため、訴外会社の取引先に対する将来の売掛代金債権を譲り受けることにし、同月二〇日ころ、訴外会社から、債務者、譲渡債権額、日付等を空白にして訴外会社代表者印を押捺した債権譲渡契約書及び債権譲渡通知書並びに訴外会社の封筒を、任意の取引先八社に通知を発するに必要な数だけ交付を受け、訴外会社の経営が破綻した場合には、被告において右債権譲渡契約書及び債権譲渡通知書の空白部分を補充したうえ、右通知書を訴外会社の封筒を使つて第三債務者たる取引先に発送し、これを取り立てて、被告の債権の回収をはかることにした。
(3) また、被告は、訴外会社の取引先及び取引先に対する売掛代金債権額を把握するため、訴外会社に、同年三月以降毎月その取引先及び売掛代金債権額を記載した一覧表を提出させていた。
(4) ところが、訴外会社は、同年二月以降も赤字経営が続き、同年六月に入り、同月末に支払期日の到来する手形についても被告に対し支払猶予を求めたので被告はこれに応じることにしたが、債権譲渡通知書を発送しうる場合を明確にするため、同年六月二四日ころ、訴外会社から、(ア)訴外会社振出の約束手形若しくは小切手が不渡処分を受けたとき又はそれらが不渡処分を受けることが確実になつたとき、(イ)他の債権者から強制処分を受けたとき、(ウ)双方が同意したとき、以上の場合には、債権譲渡通知書を被告において発送することを承諾する旨の書面の交付を受けた。その際、被告は訴外会社から前記(2)記載の債権譲渡契約書、債権譲渡通知書及び封筒と同形式の書面及び封筒をさらに約六〇社分交付せしめ、ここに、被告は、訴外会社のほとんどすべての取引先に対する売掛代金債権につき譲渡契約書を作成し、債権譲渡通知書を発送しうるだけの契約書、通知書及び封筒を手に入れた。
(5) しかし、その後も訴外会社の経営状態が一向に好転しなかつたことに加え、同年八月一六日、訴外会社の経営の中心であつた同代表取締役吉沢勇が後継者も決まらぬうちに急死したので、被告は、自己の債権約七〇〇〇万円の回収を行うことにし、翌一七日、社員を訴外会社に派遣して、訴外会社の売掛金台帳に基づき同日現在訴外会社が有していた売掛代金債権を調査し、前記(2)及び(4)記載のとおり訴外会社から交付を受けていた債権譲渡契約書及び債権譲渡通知書各約六〇通の債務者欄、譲渡債権額欄等を補充して、翌一八日、右通知書に確定日付を付して、加賀電子、京浜電子及びマスターズを含む、訴外会社のほとんどすべての販売先である債務者に対して一せいに発送し、右通知書は、同日ころ、各債務者に到達した。
右譲渡債権額は合計約七〇〇〇万円であつた。
(6) 訴外会社は、右吉沢勇の急死と被告による右債権譲渡通知書の発送により、その経営危機が一挙に表面化し、同年九月上旬ころより被告を除く資材納入業者及び外注加工業者等の一般債権者(債権総額約一億二〇〇〇万円)による私的整理が開始され、翌昭和五八年七月五日になり、破産宣告を受けた。
(二) 右に認定した事実によれば、被告と訴外会社は、遅くとも昭和五七年六月二四日ころまでに、将来訴外会社が手形の不渡りを出す等右(一)(4)記載の各場合には、被告は、その時点において訴外会社がその取引先に対して有する全売掛代金債権中の任意の部分を、訴外会社がその時点において被告に対し負担する債務の額に満つるまで、右債務に対する代物弁済として被告に帰属させるとともに、訴外会社に代りその名義で第三債務者たる取引先に債権譲渡の通知を発し、これを取り立てて債権の回収をはかることができるとする趣旨の、担保のための、将来の債権を対象とする包括的債権譲渡の合意(包括的債権根譲渡担保契約)がされたものと解するのを相当とする。
そして、右契約においては、被担保債権の額が増減変更し確定していないことはもちろん、譲渡の対象となる売掛代金債権の債務者(第三債務者)は特定されておらず、譲渡の目的に供される債権の限度額や被告が右譲渡契約上の権利行使をすることのできる終期に関する定めもなかつたと認められる。
ところで、それ自体増減する債権の担保のために、譲渡の目的となる債権の債務者を特定することなく、目的債権の発生時期についても、その限度額についても限定を伴わない包括的な将来の債権の譲渡契約は、これを有効と解すると、譲受人である債権者は、譲渡人である債務者の取得すべき全売掛代金債権につき、随意選択して自己の債権の優先弁済の用に供することのできる地位を、公示の方法もなしに、いつまでも保有することとなるものであること、更に、右優先弁済権の行使は、本件の場合もそうであるように、債務者の経済的な破綻が現実化した危機状態の到来に接着して行われるのが通常であると考えられることを勘案すると、債権者間の平等を害することが著しいものというべきであつて、その効力をそのまま認めることには躊躇を感ぜざるを得ない。すなわち、将来の債権を目的とする右のような無限定の債権の譲渡の合意は、将来その実行として特定の債権の譲渡をするよう当事者を拘束する基本契約としてであればともかく、譲受人となるべき債権者の一方的な権利行使によつて直ちに債権譲渡の効果を生ずる趣旨の契約としては、目的債権の不特定の故にその効力を認めることができないと解するのが相当である(東京高裁昭和五七年七月一五日判決、金融・商事判例六七四号二三頁参照)。
(三) そこで、本件において、前記債権譲渡の合意の後に、あらためて訴外会社の協力のもとに特定債権の譲渡の合意がなされたものと目すべき事実があるかどうかを検討するに、被告は本訴の抗弁5(一)のとおり、昭和五七年八月一四日、訴外会社代表取締役吉沢勇と被告との間に債権譲渡の合意が成立した旨の主張をするが、本件全証拠によるもこれを認めるに足りる証拠はない。
そして、右の他に特定債権の譲渡の合意があつたことについては、主張も立証もない。
(四) また、被告は、抗弁5(二)において、前記(二)記載の譲渡行為にもとづく被告の一方的権利行使が訴外会社により追認された旨を主張し、<証拠>中には右主張に沿う証言及び供述記載がある。しかしながら、これらの証拠はいずれも採用できない。何故ならば、(1)追認という重要な法律行為でありながら、書面が作成されていないし、(2)右書証中の供述記載部分はかなりあいまいであるし、(3)右証言部分及び右供述記載部分によれば、吉沢佐知子(成立に争いのない乙第七号証によれば同人は昭和五七年八月二七日に訴外会社の代表取締役に就任したものと認められる。)は、訴外会社が当面営業を継続することを目的として、昭和五七年八月三〇日、翌日満期の約束手形の支払期日を延期してもらいたい旨の依頼をするために被告会社を訪れたものであるところ、前記被告が譲受けたとしている債権は、当時の訴外会社の売掛代金債権のほとんど全部であつたものと認められるのであるから、これをそのまま追認することは右の被告訪問の目的に背馳することになると考えられるのであつて、それにもかかわらず、吉沢佐知子がこのような追認をしなければならない理由が見当らない、からである。そして、他に抗弁5(二)の追認を認めるに足る証拠はない。
(五) したがつて、本訴の抗弁は、いずれも採用することができない。
3 以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がある。
二反訴請求について
被告の反訴請求は、本訴の抗弁を請求原因の一部とするところ、それが理由のないことは、右一の2において述べたとおりであるから、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。
三よつて、原告の本訴請求をいずれも認容し、被告の反訴請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官佃 浩一 裁判官小野憲一)
供託目録
一 供託年月日 昭和五七年一〇月二五日
供託所 東京法務局
供託番号 昭和五七年度第七八四一八号
供託者 加賀電子株式会社
被供託者 京信電機株式会社又は中信電機株式会社
供託金額 金二八七万四八〇〇円也
二 供託年月日 昭和五七年一一月二九日
供託所 東京法務局
供託番号 昭和五七年度金第九一六〇六号
供託者 京浜電子工業株式会社
被供託者 京信電機株式会社又は中信電機株式会社
供託金額 金七一万一三〇〇円也
三 供託年月日 昭和五七年一一月六日
供託所 浦和地方法務局熊谷支局
供託番号 昭和五七年度金第九八八号
供託者 株式会社マスターズ
被供託者 京信電機株式会社又は中信電機株式会社
供託金額 金一一六万六一七〇円也